なぜ職員より先に、理事長・施設長が研修を受けるのか
生成AIを法人で使うときに決めることの多くは、現場の職員ではなく、決裁する人にしか決められないからです。どの情報を入れてよいか、誰が責任を持つか、どの業務から始めるか、費用をどこから出すか。どれも、職員研修で教えることの前提になります。
総務省の「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック(導入手順編)」(令和7年12月 第4版)は、自治体がAIを導入するためには首長や幹部職員の理解醸成が重要だとしています。自治体向けの資料ですが、組織の上の人が先に理解しないと全体に広がらないという構図は、社会福祉法人の理事長・施設長にもそのまま当てはまります。
順番を逆にすると、次のようなことが起こりえます。職員向けの操作研修を先に行い、職員は使い方を覚えた。けれども、利用者の名前を入れてよいのか、どのサービスを使えばよいのか、誰に聞けばよいのかが決まっていない。結果として、使わなくなるか、個人の判断で使い始めるかのどちらかになります。総務省のガイドブックも、私用の端末に個人で入れた生成AIに職務上知り得た情報を入力してはいけない、といった基本事項を全職員に周知する必要があると書いています。周知する中身を決めるのが、決裁層の仕事です。
最初の研修で、何が分かれば十分なのか
理事長・施設長の最初の研修で持ち帰りたいのは、操作の手順ではなく、法人として決める3つのことの判断材料です。
| 決めること | 研修で分かっていたいこと | 公的資料での書かれ方 |
|---|---|---|
| 情報のルール | 利用者や職員の個人情報を入れるとどんな問題が起きうるか。入れる前に何を確かめるか | 個人情報保護委員会は、個人情報を含むプロンプトを入力する場合は利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認すること、応答以外の目的で取り扱われる場合は法律に違反する可能性があるため、提供事業者が機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めている |
| 責任者 | 法人の中で、生成AIの利用とリスクの管理を誰が持つか。その人は何をするか | デジタル庁のガイドラインは各府省庁にAI統括責任者(CAIO)を置き、ルールの策定や見直し、周知、研修などを担わせるとしている。総務省のガイドブックも、自治体でAIの利活用とリスク管理の責任者を明確にする必要があるとしている |
| 対象業務 | 最初にどの業務で試すか。どう選ぶか。出てきた文章を誰が確かめるか | 総務省のガイドブックは導入手順の最初に解決したい課題の特定を置き、生成物を人が確認するルールを設けることが重要だとしている |
この3つのうち、研修の場で答えを出す必要はありません。研修を受けたあとに、法人の中で誰と何を話し合えばよいかが見えていれば十分です。反対に、研修が終わっても、ボタンの押し方と便利な使い方しか残っていないなら、その研修は職員向けの内容だったということです。
入れてはいけない情報の具体的な一覧は社会福祉法人がChatGPTに入れてはいけない情報の一覧に、責任者を決めてから最初の1業務までの順番は社会福祉法人が生成AIを入れる順番にまとめています。
研修はどんな観点で選べばいいのか(比較表)
研修の案内を見比べるときは、次の5つの観点で確かめます。内容の良し悪しは受けてみないと分かりませんが、この5つは申し込む前に案内文や問い合わせで確かめられます。
| 観点 | 確かめること | 決裁層の最初の研修に向いている形 | 注意したい形 |
|---|---|---|---|
| 対象者 | 誰に向けた研修か。職員向けと管理者向けが分かれているか | 理事長、施設長、事務長など、決める立場の人を対象にしている。法人の規程や理事会の話が出てくる | 対象が一般の職員や個人で、操作と便利な使い方が中心。決める人向けの話が出てこない |
| 自法人の様式を使うか | 練習の題材を持ち込めるか | 自法人の議事録の型、通知文、研修資料、規程の案など、実際の様式を題材にできる | 一般的な例文だけで練習し、法人の文書に当てはめる時間がない |
| 個人情報の扱い | 研修の中で、入れてよい情報と入れない情報の線をどう扱うか。練習で実データを使わせないか | 個人情報保護委員会の注意喚起などの公的資料に触れ、利用するサービスの利用規約やデータの扱いを確かめる手順を教える。練習には架空や置き換えたデータを使う | 個人情報の話が短い、または触れない。利用者の実際の記録を入れて試すよう勧める |
| 研修後の相談先 | 受けたあとに質問できる窓口があるか。どんな方法で、いつまで受けられるか | 相談の方法と期間が案内に書いてある。法人のルールづくりや責任者の決め方の相談にも乗る | 研修の日で関係が終わる。相談先がはっきりしない |
| 費用の出し方 | 費用がいくらで、どの予算から出すか。助成金を使う場合、手続きの順番に無理がないか | 見積りの内訳が分かり、法人の予算の区分に当てはめて起案できる。助成金について断定せず、窓口で確かめるよう案内する | 必ず助成金で戻る、と言い切る。手続きの前に申し込みを急がせる |
5つのうち、特に重く見てほしいのは自法人の様式を使うかどうかです。総務省のガイドブックは、職員が自らの力で文章を作成し読み解く能力がなければAIの出力結果を評価できない点を踏まえて研修内容を検討すべきだ、としています。理事長・施設長も同じで、自分の法人の文書を題材にして初めて、出てきた文章のどこが違うかを自分の目で判断できます。
研修だけでなく、導入支援の事業者との契約を考えている場合は、AI支援事業者の選び方|契約前に確認する15項目もあわせて確かめてください。
候補の研修が御法人に合っているか、上の5つの観点で一緒に確かめることもできます。研修を受ける前に、法人として決めることの整理から始めたい場合もご相談ください。
公式LINEで相談する申し込む前に、講師に何を聞けばいいのか
案内文だけでは分からないことは、申し込む前に問い合わせて確かめます。聞く内容は次の6つです。答え方がはっきりしているかどうかも、判断の材料になります。
- この研修は、理事長・施設長など決める立場の人を想定していますか。職員向けの内容と何が違いますか。
- 当法人の議事録や通知文などの様式を持ち込んで、それを題材に練習できますか。持ち込むときに、名前などをどう置き換えればよいか教えてもらえますか。
- 研修で使う生成AIのサービスは何ですか。入力した内容が学習に使われるかどうかを、どう確かめていますか。
- 法人の利用ルールや責任者の決め方について、研修の中で扱いますか。
- 研修のあとに質問したいとき、どの方法で、いつまで相談できますか。
- 費用の内訳を書いた見積りを出してもらえますか。助成金を使う場合、申し込みの前に何を済ませておく必要がありますか。
3つ目の質問は、個人情報保護委員会が一般の利用者に向けて、生成AIサービスを提供する事業者の利用規約やプライバシーポリシー等を十分に確認し、入力する情報の内容等を踏まえて利用を判断するよう求めていることに対応しています。研修を行う側がこの確認を説明できないなら、法人のルールづくりの相談もしにくいと考えてください。
研修費は助成金でまかなえるのか
まかなえるとは言い切れません。研修費に使える制度として名前が挙がりやすいのが、厚生労働省の人材開発支援助成金です。厚生労働省の案内では、事業主等が雇用する労働者に対して、職務に関連した専門的な知識及び技能を習得させるための職業訓練等を計画に沿って実施した場合等に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部等を助成する制度とされています。
同じ案内には、助成金を活用できる事業主や支給対象となる訓練にはさまざまな要件があること、訓練のコースごとに職業訓練実施計画届などを出す手続きがあることが書かれています。つまり、対象になるかどうかは、研修の中身と、手続きの順番で決まります。受講を決めてから助成金を調べるのではなく、申し込む前に管轄の労働局に、その研修が対象になるか、いつまでに何を出すかを確かめてください。
制度の説明は事業主が雇用する労働者を対象にしているため、理事長が役員として受講する場合に対象に含まれるかどうかも、あわせて窓口で確かめてください。この記事では、どの研修が対象になるか、助成の率や額がいくらかは書きません。最新の支給要領と窓口の案内で確かめてください。研修費を含めて、生成AIの費用を顧問契約で持つかスポットで頼むかの考え方は、顧問契約とスポット依頼、どちらが得かに書いています。
研修のあと、職員研修までに法人は何を決めるのか
理事長・施設長が研修を受けたら、職員研修の前に次の順で決めていきます。期間は法人の規模や理事会の日程で変わるので、順番だけを示します。
| 順番 | 決めること | 決めたことの形 |
|---|---|---|
| 1 | 生成AIの利用の責任者を決める。施設が複数あるなら、法人全体の責任者と各施設の窓口を分けるか | 理事長の指名、または理事会への報告 |
| 2 | 使ってよいサービスと、入れてよい情報、入れない情報の線を決める | 職員向けの生成AI利用ルール1枚 |
| 3 | 最初に試す業務を1つ決め、出てきた文章を誰が確かめるかを決める | 対象業務と確認する人を書いたメモ |
| 4 | 職員研修の中身と対象を決める。全員に伝える基本事項と、試す業務の担当者に教える使い方を分ける | 職員研修の計画 |
| 5 | 規程にするか、理事会に諮るか、理事長決裁で進めるかを決める | 理事会で説明する1枚、または決裁文書 |
4つ目の職員研修について、総務省のガイドブックは、導入したあとは実際に使う職員を増やすことが重要で、すぐに使えるプロンプト集や職員のレベル別の研修が有効だとしています。同時に、情報セキュリティの事故を防ぐための基礎的なリテラシーの向上も重要だとしています。職員研修は、全員が知るべきルールの周知と、試す業務の担当者に教える使い方の2本に分けると組み立てやすくなります。
5つ目の理事会への諮り方と起案書の書き方は、AI導入の稟議が理事会で通らない理由と、通る起案書の書き方を参考にしてください。
よくある質問
- 理事長や施設長が、生成AIの操作を覚える必要はありますか。
- 職員と同じ水準で使いこなす必要はありません。ただ、一度も触らずにルールを決めると、現場で何が起きるかが想像できません。最初の研修では、自分の法人の文書を題材に、入れてよい情報と入れない情報、出てきた文章を人が確かめる手順を一通り体験できれば十分です。
- 職員研修と、理事長・施設長の研修を一緒に受けてもよいですか。
- 順番を分けることをお勧めします。職員研修では、法人のルールと責任者と対象業務が決まっている前提で、使い方を教えます。これが決まる前に職員研修を行うと、研修のあとに職員が何をしてよいのかが分からず、個人の判断で使い始めることになります。先に決裁層が受け、決めることを決めてから職員研修に進みます。
- 研修費は助成金でまかなえますか。
- まかなえるとは言い切れません。厚生労働省の人材開発支援助成金は、事業主が雇用する労働者に職業訓練等を計画に沿って実施した場合等に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部等を助成する制度で、計画の届出や支給対象となる訓練の要件など、さまざまな要件があります。対象になるかどうかは研修の中身と手続きの順番で変わるので、申し込む前に管轄の労働局に確かめてください。
- 研修で、利用者の実際の記録を使って練習してもよいですか。
- 研修の場で利用者の実際の記録をそのまま入力することはお勧めしません。個人情報保護委員会の注意喚起では、個人情報を含むプロンプトを入力する場合は利用目的の範囲内かを十分に確認すること、本人の同意なく入力した個人データが応答以外の目的で取り扱われると法律に違反する可能性があることが示されています。練習には、名前や固有の情報を置き換えた架空の記録や、法人の様式そのものを使います。
- 研修のあと、最初に何を決めればよいですか。
- 生成AIの利用の責任者を1人決めることです。総務省のガイドブックは、AIの利活用とリスク管理の責任者を明確にする必要があるとしています。責任者が決まれば、情報のルール、最初に試す業務、職員研修の日程を、その人が中心になって決めていけます。
まとめ|最初の研修は、法人として決めることが見える研修を選ぶ
理事長・施設長が最初に受ける生成AI研修は、操作の講座ではなく、情報のルール、責任者、対象業務という法人として決めることが見えるものを選びます。選ぶときは、対象者、自法人の様式を使うか、個人情報の扱い、研修後の相談先、費用の出し方の5つを、申し込む前に確かめてください。助成金は、使えると決めてかからず、申し込む前に窓口で確かめます。
研修のあとは、責任者、利用ルール、最初の業務の順に決め、それから職員研修に進みます。職員研修の日程を先に押さえるより、責任者を1人決めるほうが先です。
出典
- 総務省 情報流通行政局 地域通信振興課・自治行政局 行政経営支援室「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック<導入手順編>」(令和7年12月 第4版) https://www.soumu.go.jp/main_content/000820109.pdf(生成AI利用に関する基本的な考え方、ガバナンス確保のための体制構築、要機密情報の取扱い、人材育成・リテラシー向上の取組、導入手順の事前検討)
- デジタル庁 デジタル社会推進標準ガイドライン DS-920「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」(2026年6月12日 デジタル社会推進会議幹事会決定) デジタル庁のPDF(AI統括責任者(CAIO)の役割、ルールの策定・周知・研修)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(令和5年6月2日) https://www.ppc.go.jp/news/press/2023/230602kouhou/(個人情報取扱事業者における注意点、一般の利用者における留意点)
- 厚生労働省「人材開発支援助成金」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html(制度の概要、主な受給要件、計画届の手続き)
この記事は2026年10月1日時点で公開されている情報に基づいています。助成金の要件や手続き、公的なガイドラインは改定されることがあります。実際に研修を選ぶ際や助成金を申請する際は、最新の資料と窓口の案内でご確認ください。
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最終更新:2026-10-01
